七夕で天の川の由来は?乞巧奠の意味は?

天の川の由来と乞巧奠の意味をご紹介します。

 

七夕で天の川の由来は?

天の川は夜空に横切る雲のような形をした白く輝く光の帯のことを言います。

「銀河」という言葉とも由来は同じです。

今では多くの星の集まりだということがわかっていますが、昔の特に東アジア
地域では川に見立てて「天の川」もしくは「天の河」と言いました。

ちなみに西洋では、川ではなく「乳」に見立てていたそうで、今でも英語で
銀河、天の川のことを「milky way」などと言います。

中国では古来から織姫星(織女星)=ベガは裁縫の仕事、彦星(牽牛星)=アルタイルは
農業の仕事を司る星だとされていました。

この二つの一等星は旧暦7月7日に天の川をはさんで一番光り輝いて見えることから、
中国ではこの日を巡り合いの日と考えてあの天の川伝説が生まれました。

スポンサーリンク

七夕で乞巧奠の意味は?

乞巧奠は「きこうでん」又は「きっこうでん」と読みます。

乞巧奠は元々中国の古い行事の一つで、織姫星すなわち織女星に
裁縫の「巧(たく)」みを「乞(こ)」う「奠(まつ)」りという意味です。

織姫星(織女星)は天の川伝説でも語られているように、織姫が裁縫が上手
であったことから裁縫の仕事を司る星と考えられていました。

中国でも最初は天の川伝説とは別の行事だったのですが、唐の時代に
結びつき陰暦7月7日に行なうようになりました。

祭壇に針や布などを捧げて裁縫の仕事を司る織女星にその上達を祈る儀式が
行われました。

一方、乞巧奠は奈良時代には日本に伝わり、宮中などで行われています。

豪華なお供え物をして、竹に五色の糸や布、灯明などを飾りつけ、和歌を
詠んだり雅楽を演奏するなど、裁縫だけではなく和歌や音楽、書道など
様々な芸事の上達を祈りました。

江戸時代には庶民にも広まり、7月7日に歌や願い事を書いた短冊をつけ、
飾り糸などで竹を彩るようになり、七夕のルーツの一つだと考えられて
います。

関連記事
七夕の意味や由来は?棚機(たなばた)と天の川伝説と乞巧奠(きこうでん)
七夕で笹竹の意味や由来は?五節句と古来からの笹竹信仰
七夕での飾りつけや五色の短冊の意味や由来は?

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です